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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)8374号 判決 1989年5月22日

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告は、原告豆谷豊成に対し、金四六万八六〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告古永信義に対し、金二三四万三〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、原告豆谷豊成において金一五万円の担保を供したときは主文第二項に限り、原告古永信義において金七五万円の担保を供したときは主文第三項に限り、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告豆谷豊成に対し、金四六万八六〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告古永信義に対し、金二三四万三〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  主位的・予備的各請求につき共通の請求原因事実

(一) 当事者

原告豆谷豊成(以下「原告豆谷」という。)は森紙販売株式会社大阪支店に勤務する会社員であり、原告古永信義(以下「原告古永」という。)はコーエイ商事の名称で縫製品生地の販売等をしていた者である。被告は競馬法等の法規に基づき、中央競馬を開催している者である。

(二) 本件競走の開催

被告は、昭和六一年五月三一日(以下「当日」という。)、宝塚市駒の町一番一号所在の阪神競馬場において中央競馬を開催し、当日午前一一時一五分ころに一四頭の出走馬よりなる第四レース(サラブレッド系四歳馬平地競走、距離一二〇〇メートル。以下「本件競走」という。)を実施したが、その際、右競馬場内外の被告の勝馬投票券発売所において、連勝複式勝馬投票券を発売した。本件競走における出走馬とその連勝番号は次のとおりである(以下丸囲み数字は連勝番号を表すものとする。)。

<1> リードマイティ

<2> ハギサカミドリ

<3> スズノグローリー

<3> シマノウイング

<4> ノースリバー

<4> グレートパスカル

<5> ムーンダツアー

<5> ロングヘンリー

<6> オサイチフウレイ

<6> ウエスタンバース

<7> イズミショウグン

<7> イエロースカート

<8> ウスズミサクラ

<8> タニノスイセイ

(三) 原告らの勝馬投票券購入による被告との間の契約の成立

原告豆谷は、当日、被告の道頓堀場外勝馬投票券発売所(以下「本件発売所」という。)において、本件競争について、次の連勝番号及び購入金額の連勝複式勝馬投票券の組合せからなるいわゆるユニット馬券(五種類以下の複数の勝馬投票券を組合せて一券としたもの)を購入した。

<5>-<6> 金五〇〇〇円

<1>-<3> 金三〇〇〇円

<6>-<7> 金三〇〇〇円

<6>-<6> 金三〇〇〇円

<5>-<5> 金二〇〇〇円

原告古永は、当日、本件発売所において、本件競走について、次の連勝番号及び購入金額の連勝複式勝馬投票券の組合せからなるユニット馬券を購入した。

<1>-<5> 金一万円

<1>-<7> 金一万円

<5>-<7> 金一万円

<5>-<5> 金一万円

競馬法所定の勝馬投票法は、勝馬投票券の購入者と被告との関係においては、各購入者が被告から勝馬投票券を購入することによって、被告は、当該購入者の購入した勝馬投票券により勝馬が的中した場合には、右購入者に対して一定の払戻金を交付することを旨とする契約である。したがって、原告ら各自と被告間にも、右内容の契約が成立した。

(四) 決勝線に到達した馬の順序及び被告の判定

本件競走の結果、<5>ムーンダツアーが最初に決勝線に到達し、次に<5>ロングヘンリーが決勝線に到達し、その次に<4>グレートパスカルが決勝線に到達した。

ところが、被告の決勝審判委員は、第一着を<5>ムーンダツアー、第二着を<4>グレートパスカル、第三着を<5>ロングヘンリーと誤って判定したため、被告は、本件競走の連勝複式勝馬投票法による的中番号を<4>-<5>と発表してしまった。

(五) 払戻金の額

本件競走の連勝複式勝馬投票法において、<5>-<5>が的中投票券であった場合の払戻金は、投票券金一〇〇円につき金二万三四三〇円であった。

(六) 原告らの催告

原告らは、当日、本件競走が後記のように誤審であったことを知った後、本件発売所において、同所における被告の係員に対し、原告ら各自が本件競走について購入した前記勝馬投票券の内容等を申告して、その払戻金あるいは払戻金相当額を支払うよう催告した。

2  主位的請求(払戻金請求)について

(一) 本件競走の連勝複式勝馬投票法における勝馬は、後記(二)の勝馬決定方法により、前記1(四)記載の現実の到達順位に基づきムーンダツアーとロングヘンリーであるから、的中投票券は<5>-<5>である。そして、前記1(三)のように原告らはいずれも右的中投票券を購入したので、原告らは、被告に対して、勝馬投票の的中者として払戻金請求権を有する。その額は、前記1(三)、(五)記載の事実により、原告豆谷においては金四六万八六〇〇円、原告古永においては金二三四万三〇〇〇円である。

(二) 競馬における勝馬決定方法について

(1) 競馬における勝馬は、現実に決勝線に到達した馬の先後によって決定され、現実に、最初に決勝線に到達した馬を第一着とし、次に決勝線に到達した馬を第二着として、連勝複式勝馬投票法においては、右第一着及び第二着となった馬を一組として勝馬とするのである。被告主張(後記二2(二))のように、決勝審判委員の判定が現実の到達順位と異なっていても、その判定に基づいて着順が確定されるものではない。以下、その理由を述べる。

連勝複式勝馬投票法における勝馬の決定の方法について、競馬法六条により委任を受けた競馬法施行規則(農林省令昭和二九年第五五号。以下「規則」という。)は、一条の二第四項で「連勝複式勝馬投票法においては、第一着及び第二着となった馬を一組としたものを勝馬とする。」と定め、一条の三第一項で「競走においては、競馬会の規約の定めるところにより失格とすべき馬を除き、最初に決勝線に到達した馬を第一着とし、その他の馬についてはその馬より前に決勝線に到達した馬の頭数に一を加えたものをもってその馬の着順とする。」と定めている。そして、右規則を受けた被告の内部規約である日本中央競馬会競馬施行規程(昭和二九年規約第一号。以下「規程」という。)は、この趣旨を受けて、一〇一条一項で「到達順位は、馬の鼻端が決勝線に到達した順位により、決勝審判委員が判定する。」と定めており、これらの規定の趣旨からして、勝馬決定の大前提たる到達順位はあくまで現実に決勝線に到達した馬の先後によって決せられるものであり、決勝審判委員が自由に選択できるものではないことが明らかである。規程一〇一条二項が「決勝審判委員は、本会の定めた写真機により撮影した写真を、前項の到達順位の判定の参考とするものとする。ただし、到達順位の判定が容易な場合であって、決勝審判委員が写真を参考とする必要がないと認めたときは、この限りでない。」として、着順判定の機械的正確性を確保するようにしているのは、実際の順位をもって到達順位を判定するということの表れである。もし、被告主張のように誤審による到達順位に基づき着順が確定されるとなれば、競走で劣後した馬の競馬関係者に賞金等が支払われることになって、その馬より優位に立った馬の競馬関係者はその努力が報われないことになるが、これは日本中央競馬会法一条にいう「競馬の健全な発展を図って馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与する」という目的に背く結果ともなり、不当である。

したがって、規程一〇九条にいう「競走において、前条の規定により失格となった馬を除き、第一〇一条の規定により決勝審判委員が最初に決勝線に到達したと判定した馬を第一着とし、その他の馬については決勝審判委員がその馬より前に決勝線に到達したと判定した馬の頭数に一を加えたものをもってその馬の着順として確定する。」とは、規程の上位法たる前記規則との関係等からしても、機械的な正確性まで要求して、決勝審判委員が現実の決勝線への到達の先後によって導かれた到達順位により着順を確定するという意味であって、およそ決勝審判委員の判定が現実の到達順位と異なっていてもその判定に基づいて着順を確定するという意味ではない。

(2) また仮に、右規程一〇九条が、決勝審判委員が現実の到達順位と異なった順位を当該競走の到達順位として判定してしまった場合であってもその判定に従って着順が確定されるという趣旨と解される余地があるとしても、それは、被告において、到達順位の判定及び着順の確定という作業を法が予定している程度の十分な注意義務を尽くして行っても、なお現実の到達順位と判定の結果が異なっていた場合に限られるというべきである。そして、被告は、本件競走において、決勝審判委員の誤審に基づく裁決委員の誤った着順の確定により、実際の到達順位(前記1(四))とは異なり、第二着をグレートパスカルと判定してしまった。しかし、被告は、右注意義務を尽くしていないので、被告の誤った判定(これに従えば勝馬は第一着の<5>ムーンダツアーと第二着の<4>グレートパスカルとなる。)に基づいては勝馬は決定せず、あくまで実際の到達順位によって勝馬が決定したといわなければならない。以下、その理由を述べる。

前記競馬法六条及び規則一条の三第一項が定める到達順位の判定に当たっては、客観的事実に合致する正確な到達順位を判定できるシステムを通じなければならないことは明らかであって、右システム自体が客観的事実に合致するという意味での正確性を確保できない場合はもちろん、システム自体が正確性を確保しうるに足りるものであっても、そのシステムの運用において運用者に重大な怠慢があり、そのために結果において右のシステムの正確性を確保できないような方法でシステムを運用し判定を誤った場合には、前記競馬法及び規則が定める判定基準に基づかないで判定したものであるから、それらの判定に従っては勝馬は決定されず、その場合の勝馬は実際の到達順位を基準にして決定されるべきである。つまり、判定そのものは人為的な作業であって誤りが生じることはやむを得ないとしても、前記競馬法及び規則の趣旨からすれば、右正確性の確保されたシステムにより運用者が同システムを懈怠なく運用したにもかかわらず生じた誤判の場合については同誤判結果に基づいた勝馬決定方法が許されるとするのは合理的な理由があるといえるのでその誤判結果により着順が確定されるのもやむを得ないが、右のようなシステムを十分活用すれば誤判が防げたにもかかわらず、運用者が漫然と運用した結果生じた誤判の場合にまでその誤判結果を正として勝馬を決定するのは、前記競馬法及び規則の趣旨に反するので、その場合は誤判に基づいた着順の決定は許されるべきではない。したがって、仮に規程一〇九条の決勝審判委員の着順の確定の中に誤審が含まれるとしても、それは右に述べた正確性の確保されたシステムにのっとり運用者が懈怠なく同システムを運用した結果やむを得ず生じた誤審に限定されるべきである。被告は、後記のとおり、勝馬投票の的中者に対する被告からの払戻金の交付が、競走後短時間の間に不特定多数の者に対して行われることから、一旦着順が確定して払戻金の交付を開始すれば、払戻金を取戻して改めて的中者に対し払戻をすることは不可能となるから、その確定が現実の着順に合致しない場合であっても、あくまで、着順はそのまま確定して変更できないと主張する。しかし、一旦払戻金の交付が開始されても、被告が現実の着順に基づく的中者にも払戻金を交付すること(つまり、二重払いをすることになる。)は可能であるから、被告の右主張は、誤判による払戻金の取戻が不可能であることを理由に、被告は現実の着順に基づく的中者に対する払戻金の交付を拒みうることに帰するが、これでは、現実の着順に基づき本来払戻金の交付を受けるべき的中者を犠牲にして、本来は払戻金の交付を受けることができなかった者に利益を与える結果を肯定することになるが、そのような不当な結果が是認されるためには、かかる結果を維持しなければならない合理的な根拠がある場合に限られるべきである。そして、そのような合理的な根拠がある場合とは、前記のように、正確性の確保されたシステムを運用者が懈怠なく運用したにもかかわらず、やむを得ず現実の着順に基づかない着順の確定がなされたような場合であるといわなければならない。したがって、被告の右主張は、右のような合理的な根拠がない場合にまで、現実の着順に基づかない着順の確定が一旦なされると、現実の着順に基づく的中者に払戻金を交付できないとすることの理由とはならない。

ところで、被告は、勝馬の決定をするに当たり、規程等で、まず到達順位の判定と着順の確定の手続を分けて、前者を決勝審判委員の、後者を裁決委員の各権限としたうえ、右決勝審判委員による到達順位の判定については、ベテランの決勝審判委員を三名配置し、右決勝審判委員を補助するための補助員を配置したうえに、前記のように、原則として写真を参考にして判定することによって機械的正確性を要求していることや、更に着順の確定についてもベテランの裁決委員三名をもってこれにあたらせるというシステムをとっている。右システム自体は、改善の余地はあるにしても、非常に多数のチェックシステムを経ることによって誤審を極めて少なくして勝馬決定の基本となる到達順位の判定を実際の到達順位と極力一致させるものとしているといえるから、前記正確性の確保されたシステムということはできるであろう。

しかし、本件競走は、上位七頭の馬が三頭、二頭、二頭と各一団となって決勝線になだれ込み、特に一着から三着までの三頭はほぼ鼻端を揃えて到達したといった極めて僅差の競走であったため、勝馬の決定については他の判別容易なレースと比べてより高度な注意義務が要求され、あらゆる手段を駆使して正確な判定をなすべく尽力しなければならないところ、被告の三名の決勝審判委員は本件競走の到達順位の判定を肉眼で十分判定できる判定容易な他の競走と同様の注意と方法で安易に判定したために、第二着を<4>グレートパスカルと判定するという大誤判を犯し、次いで、被告の三名の裁決委員も、右のような混戦した競走であれば決勝審判委員の前記安易な判定に対して疑問を呈すべきであるのに何ら異議を差し挟まないまま右誤判を鵜呑みにして着順を確定したために、本件競走において被告は前代未聞の大誤審をするという大失態をしてしまったのである。被告の右大誤審は、本件競走の右運用者らが十分な手段と注意義務を駆使していれば防げたことは明らかである。したがって、被告の本件競走における勝馬の決定方法(到達順位の判定及び着順の確定)は、その正確性を確保したシステムの運用に基づくものとはいえないから、右誤審に基づいて勝馬は決定されず、本件競走の勝馬は、あくまで実際の到達順位(前記1(四))に基づいて決定されたというべきである。なお、規程には確定後に勝馬を変更する規定がないが、これは、規程が本件のような大誤審を想定していなかったからであって、規程に規定されていないことをもって法令上直ちに本件のような大誤審の場合の勝馬の変更が認められないとする根拠とはならない。

(3) なお、被告は、本件競走における誤審が明らかになった後、後記3(五)ないしは4(一)のように、<5>-<5>の勝馬投票券の所持者ないしは購入者に払戻金相当額を支払うという特別措置をとり、これに基づき現実に約金八〇三一万八〇四〇円を支払ったが、これは、被告が、勝馬の決定が現実の到達順位に基づくか、あるいは、原則として決勝審判委員の判定に基づくとしても右判定が注意義務を尽くさずに行った結果現実の到達順位と異なった場合には現実の到達順位に基づき勝馬を決定すると考えていたことの証左である。

(三) よって、原告らは、被告に対して、主位的請求として、勝馬投票の的中者としての払戻金請求権に基づき、原告豆谷においては金四六万八六〇〇円、原告古永においては金二三四万三〇〇〇円、及びそれぞれこれらに対する催告の日の翌日である昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  第一次予備的請求(債務不履行に基づく損害賠償請求)について

(一) 前記1(三)のように、原告らと被告間で、本件競走について、勝馬投票券により勝馬が的中した場合には被告が原告らに払戻金の交付をする旨の契約が成立した。

一般に勝馬投票券購入者と被告間の前記1(三)の内容の契約においては、被告は、各勝馬投票券購入者に対して、次の義務を負う。即ち、当該競走を実施すること、勝馬を決定すること、的中者には一定の払戻金を支払うことである。

(二) 被告は、右義務のうち勝馬を決定することについては、極力現実の到達順位と一致する勝馬の決定を行なう義務があるというべきであり、右義務が尽くされなかったときは、被告は勝馬を決定する債務を怠ったというべきである。即ち、被告が都道府県や指定市町村以外では唯一勝馬投票券その他これに類するものを発行して競馬を行える者として、前記日本中央競馬会法一条所定の目的の下に設立された団体であるから、農林水産大臣の監督の下で公正かつ正確な競馬を実施する責務を有していること、連勝複式勝馬投票法における勝馬の決定方法についての競馬法六条により委任を受けた前記規則一条の二第四項及び一条の三第一項並びに前記規程一〇一条一項、二項の各規定は、あくまでも勝馬決定の大前提たる馬の到達順位は現実に決勝線に到達した先後をもって決定するとしていること、被告は前記のように勝馬の決定をするに当たり、その正確性を確保するため、規程等で、まず到達順位の判定と着順の確定の手続を分けて、前者を決勝審判委員の、後者を裁決委員の各権限としたうえ、右決勝審判委員による到達順位の判定については、ベテランの決勝審判委員を三名配置し、右決勝審判委員を補助するための補助員を配置したうえに、前記のように原則として写真を参考にして判定することによって機械的正確性を要求していることや、更に着順の確定についてもベテランの裁決委員三名をもってこれにあたらせるというシステムをとっていることなどからすれば、被告はその勝馬を決定するにあたり、前記目的の下に右の正確性の確保されたシステムを充分に駆使して極力現実の到達順位と一致させるようにして勝馬の決定をする義務があるというべきであり、右義務を尽くさなかったときは、被告は前記の勝馬を決定する債務を怠ったことになる。

(三) ところで、前記のように本件競走は、上位七頭の馬が三頭、二頭、二頭と各一団となって決勝線になだれ込み、特に一着から三着までの三頭はほぼ鼻端を揃えて到達したといった極めて僅差の競走であったため、勝馬の決定については判別容易な他の競走と比べてより高度な注意義務が要求され、あらゆる手段を駆使して正確な判定をなすべく尽力しなければならないところ、被告の三名の決勝審判委員は本件競走の到達順位の判定を肉眼で十分判定できる判定容易な他の競走と同様の注意と方法で判定したために、第二着を<4>グレートパルカルと判定するという大誤判を犯し、次いで、被告の三名の裁決委員も、右のような混戦した競走であれば決勝審判委員の前記安易な判定に対して疑問を呈するべきであるのに何ら異議を差し挟まないまま右誤判を鵜呑みにして着順を確定したために、本件競走において被告は前代未聞の大誤審をするという大失態をしてしまったのである。右誤審は、被告の本件競走の右運用者らが十分な注意義務と手段を駆使していれば防げたことは明らかであり、右運用者らが本件競走の勝馬を決定するにあたってその義務を怠ったことは明らかである。以下、右義務違反の内容について更に詳述する。

被告の本件競走当時の到達順位の判定方法は、決勝審判委員三名が、まずそれぞれ独自に視認により到達順位を判定してそれを執務ノートに記載し、次にその結果を審判委員同士で協議し、更に判定容易な競走か否かを問わずフォートチャート(連続写真)のネガフィルム(陰画)を判定用映像拡大装置によって映像モニターに拡大映写したものを参考にして最終的な判定をするというものである。ところで、本件競走においては、決勝審判委員は、まず視認による判定で三名とも一着を<5>ムーンダツアー、二着を<4>グレートパスカルと誤判し、更に判定用拡大装置によって映像モニターに拡大映写されたフォートチャートを見たとき三着として写っていた馬の騎手の袖に二本線が入っているのを確認し、<5>ロングヘンリーは袖に二本線のある服色を登録していたことから、決勝審判委員三名とも右三着の馬をロングヘンリーであると判断して、最終的に一着をムーンダツアー、二着をグレートパスカルと公表した。しかし、フォートチャートのネガフィルムを場内掲示用にポジ(陽画)にする段階で、二着がグレートパスカルではなくロングヘンリーであると気付いたというのである。ところで、規程一〇一条二項は前記のように到達順位の判定に原則として写真を参考にすることを義務づけている。この趣旨は、決勝線前においては一瞬に何頭もの競走馬が駆け抜けるものであるため、人間の眼ではその先後の判断に誤りを生じる恐れが多分にあるため、カメラレンズによる機械的な眼を判定手段に加えることによって判定を客観的事実と一致させ、到達順位の機械的正確性を確保しようとしたものである。そうあれば、右規程にいう写真とは、ポジ(陽画)であって拡大鏡を用いなくても肉眼で像が細部まで正確に感得することができる程度の大きさのものを指すものといわざるを得ず、ネガフィルム(陰画)のように被写体の像が極めて小さく、しかも現実と濃淡が逆になってかつ濃淡の程度差が判別しにくいものを指すのではないというべきである。これは、前記のように本件競走において決勝審判委員がフォートチャートについてネガをポジ化したときに誤審に気付いたことや、被告が本件競走における前記誤審の後、僅差の競走の写真判定をポジにして引き伸ばしたものによることに改めたことからも明らかである。したがって、本件競走は前記のように僅差の競走であったから決勝審判委員は前記規程一〇一条二項に基づきポジ化されて引き伸ばした写真を参考にして判定するべきであったのに、これをしなかったために前記誤審が生じたというべきであり、前記誤審は決勝審判委員の決勝審判業務をなすに当たっての重大な義務違反により生じたというべきである。

また仮に、前記判定用拡大装置によって映像モニターに拡大映写されたネガフィルムの映像が前記規程一〇一条二項の写真に該当するとしても、競馬法一五条によって、中央競馬の競争に馬を出走させようとする者は被告が行う服色の登録を受けなければならず、また、服色以外のゼッケン番号、帽色、馬の覆面についても発走前に被告に登録されており、決勝審判委員は被告の決勝審判業務執務要領で、競馬開催当日は出走表に基づいて馬番、服色を整理すること、各競走の出走馬については馬、馬番、帽色及び服色等を確認して各馬の特徴(覆面、鼻白、毛色、特殊馬具の使用等)を記しておくこと、及び、右特徴記載は数頭一団となって入線し写真照合の際確認の補助的参考資料となることがそれぞれ規定されていることからも、決勝審判委員は、各競走の前にかかる登録された服色、帽色、覆面等の各馬の特徴をチェックして記載しておき、写真照合の際それらを補助的手段として利用することが義務づけられている。そうであれば、本件競走に関しても、競走前の各馬の特徴をチェックする段階で、ロングヘンリーもグレートパスカルも袖に二本線がはいった服を使用していることから、服色が右両馬の判別基準となりえないこと、それ以外の特徴、特に覆面の有無(ロングヘンリーは覆面をしているがグレートパスカルは覆面をしていない。)や帽色の違い(ロングヘンリーは黄色、グレートパスカルは青色であるから注意すれば白黒の写真でも判別できる。)は明らかであるため、馬番を除いてはそれらが重要な判別基準になることは容易にわかったはずである。しかるに、本件競走において被告の決勝審判委員は、僅差の競走であるから写真判定が必要であるところ、判定用映像拡大装置に映ったネガの映像を見て、現実に三着で決勝線に到達した馬の騎手の袖に二本線があるのを見てそれをロングヘンリーだと判断したのである。そうすると、右決勝審判委員は本件競走前に右執務要領で義務づけられている服色等のチェックを怠っていたか、あるいは、チェックをしていたとしても本件競走後の判定時にかかるチェックに基づいた充分な注意義務を尽くさなかったことは明らかであるから、この点からも、義務違反あるいは重大な過失があったといわなければならない。

したがって、被告の決勝審判委員の義務違反、重大な過失があったことは明らかである。

(四) また、裁決委員も、本件競走のような場合においては、決勝審判委員の判定した到達順位に異議を差し挟まなかった点に過失があったといえる。この点に関して被告は、裁決委員にはそのような権限はないと主張するが、本件競走においては、着順発表直後から観客、新聞記者らがその結果に疑問を呈しており、また、現実に二着で決勝線に到達したロングヘンリーの騎手もおかしいと思った程であったのであるから、裁決委員も勝馬決定に携わる一員として、権限に明記されているか否かにかかわらず、確定前に決勝審判委員に対し、判定の再確認を求める程度の義務はあったというべきである。しかし、裁決委員は右義務を怠って、決勝審判委員の前記誤判に何ら異議を差し挟まないまま右誤判を鵜呑みにして着順を確定したので、この点に義務違反があったことは明らかである。

(五) さらに、被告は、本件競走後、右誤審に基づき本件競走の連勝複式勝馬投票法における的中連勝番号を<4>-<5>と発表してしまったところ、右発表直後、右誤審に気がついたにもかかわらず、その旨を本件競走終了後三時間以上経過した当日午後二時四〇分まで発表しなかった。当日被告は、<5>-<5>の勝馬投票券の所持者には払戻金相当額を支払うという特別措置をとったが、被告が右発表後適切に誤審である旨の発表をしなかったため、原告らはいずれも、購入した<5>-<5>の勝馬投票券を投棄してしまい、右の特別措置により払戻金相当額を受け取ることもできなくなった。

(六) 原告らは、前記1<三>のように本件競走について勝馬投票券を購入して被告との間で契約関係にはいっていたが、右(二)ないし(四)のように被告の決勝審判委員及び裁決委員等が勝馬の決定にあたってとるべき義務に違反し、重大な過失を犯したため、右義務が尽くされて現実の着順に基づいて勝馬が決定されていれば得たであろう払戻金(原告豆谷においては金四六万八六〇〇円、原告古永においては金二三四万三〇〇〇円)の交付を受ける権利を失った。また、右(五)のように被告が誤審に基づく的中番号発表後、これに気付き直ちに誤審である旨の発表と適切な措置をしなかったことにより、原告らはいずれも、右(五)の特別措置によって得たであろう払戻金相当額を受け取ることもできなくなってしまった。したがって、原告らは、被告の履行補助者である決勝審判委員、裁決委員その他の者の過失によって、右払戻金相当額の損害を被ったことになり、被告は、原告らに対して右損害を賠償する義務を負う。

なお、被告は、勝馬投票券購入者と被告間の法律関係は競馬関係法令によって一律に規律され、購入者が定型化された条件に従ってのみ勝馬投票制度を利用できるに過ぎない点を捉らえて、勝馬投票券購入者と被告間に契約関係はなく、被告に債務不履行責任が発生する余地はないと主張するが、前記のように、勝馬投票が時期を同じくして不特定多数のものによってなされるため、被告との間の取引が画一的にならざるを得ないとしても、その内容の画一性の故をもって勝馬投票券購入者と被告間の法律関係が契約であることを否定することにはならない。また、これを契約とは別個の制度と捉らえるにしても、当事者双方が何らかの債務を負っていることは明らかであって、いずれにしても、当事者の不履行について債務不履行責任が発生することは明らかである。

(七) よって、原告らは、主位的請求が認められることを解除条件として、被告に対し、第一次予備的請求として、債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、原告豆谷においては金四六万八六〇〇円、原告古永においては金二三四万三〇〇〇円及びそれぞれこれらに対する催告の日の翌日である昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  第二次予備的請求(特別措置たる契約に基づく金銭支払請求)について

(一) 被告は、昭和六一年六月一日、本件競走の勝馬判定について、被告に誤審があったことを陳謝するとともに、本件競走の連勝複式勝馬投票法において、<5>-<5>の組合せからなる勝馬投票券を購入したが被告の前記誤審による<4>-<5>が的中番号であるとの発表によって<5>-<5>の勝馬投票券を紛失した者についても、被告に記録が残っているなどして右勝馬投票券を購入したことが立証できれば、右購入者に対してその払戻金相当額を特別措置として支払う旨意思表示した。

(二) 原告らは、前記1(三)のように本件競走について<5>-<5>の勝馬投票券を購入していた者であるから、被告の右意思表示によって、原告ら各自と被告間に特別措置に基づき、原告らが右勝馬投票券の購入を立証できれば被告が原告豆谷には金四六万八六〇〇円の払戻金相当額、原告古永には、金二三四万三〇〇〇円の払戻金相当額を支払うという契約が成立したことになる。

(三) よって、原告らは、第一次予備的請求が認められることを解除条件として、被告に対し、第二次予備的請求として、右特別措置による契約上の権利に基づき、原告豆谷においては金四六万八六〇〇円、原告古永においては金二三四万三〇〇〇円及びそれぞれこれらに対する催告の日の翌日であり右契約成立の日である昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一) 請求原因1(一)の事実のうち、被告が競馬法等の法規に基づき中央競馬を開催している者である事実は認めるが、その余の事実は不知。

(二) 請求原因1(二)の事実は認める。

(三) 請求原因1(三)の事実のうち、原告らが当日、本件発売所において、本件競走について当該ユニット馬券を購入した事実は不知。

競馬法所定の勝馬投票法が原告主張のような契約であることは争う。勝馬投票制度においては、被告と勝馬投票券購入者間の法律関係は、競馬関係法令によって一律に規律されている。即ち、右法律関係は、所定の種類の勝馬投票券(競馬法六条、規程一三〇条)に応じた勝馬投票券の発売(同法五条、規程一二八条、一三三条、一三五条)により発生し、その内容をなす勝馬の決定方法及び勝馬投票法の実施方法(規則一条の二ないし四)、払戻金(同法八条ないし一一条)、投票の無効(一二条)並びに払戻金の公表及び交付方法(規程一三九条、一四〇条)等については総て競馬関係諸法令が定めている。したがって、勝馬投票券購入者は定型化された条件に従って勝馬投票制度を利用できるに過ぎないので、右法律関係を契約とみることは妥当でない。

(四) 請求原因1(四)の事実は認める。但し、本件競走における着順の確定と勝馬の決定は、現実の到達順位に基づくものではなく、あくまで、被告の決勝審判委員の判定に基づき本件競走後被告が発表したとおりであることは後記2のとおりである。

(五) 請求原因1(五)の事実は認める。

(六) 請求原因1(六)の事実は不知。

2  請求原因2について

(一) 請求原因2(一)の事実は否認する。本件競走の連勝複式勝馬投票法における勝馬は、後記(二)の勝馬決定方法によって、被告の決勝審判委員による判定及び裁決委員による着順の確定に基づき、ムーンダツアーとグレートパスカルと決定されたのであるから、的中投票券は<4>-<5>である。したがって、原告らが本件競走について<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を購入したとしても、原告らは被告に対して払戻金請求権を有しない。

(二) 競馬における勝馬決定方法について

(1) 競馬における勝馬は、原告ら主張(前記一2(二))のように現実に決勝線に到達した馬の先後によって客観的に決定されるのではなく、決勝審判委員が馬の到達順位を判定し、その判定を受けて裁決委員が馬の着順を確定することによって決定されるのであり、連勝複式勝馬投票法においては、右着順の確定によって第一着及び第二着となった馬を一組として勝馬とするのである。以下、その理由を述べる。なお、規則一条の二第四項、一条の三第一項、規程一〇一条、一〇九条の条文は原告引用のとおりである。

規則一条の三は馬の着順について規定し、これをうけて規程は馬の着順の確定のプロセスについて定めている。即ち、まず規程一〇一条一項は到達順位の判定について定めているが、この判定は決勝審判委員三名が決勝線上に位置して、馬の到達を視認して行うもので、判定に際しては入線の状況を撮影した写真を参考とする。そして馬の着順の確定については、規程一〇九条の定めに従って、裁決委員三名が規程一五〇条(「裁決委員は、着順の確定、異議の裁決、出走馬又は騎手に対する保安措置、制裁及び競馬の公正を害すべき行為の取締りに関する事務をつかさどる。」)所定の権限に基づき、規程一〇八条に定める失格事由の有無の審査や異議申立(規程一一四条、一一六条)があった場合の裁決を行ったうえ、馬の到達順位ついては右決勝審判委員の判定に基づき、着順の確定を行う。つまり、規則一条の三は馬の着順の客観的基準を定め、右規程諸条項は、馬の到達順位の判定を決勝審判委員が行い、その判定を受けて馬の着順の確定を裁決委員が行うことを定めているのである。

原告らは、到達順位は、あくまで現実に決勝線に到達した馬の先後によって決定され、判定によるものではないと主張するが、右規則一条の三に定める客観的基準というものは自動的に機能できるものではなく、現実に決勝線に到達した馬の先後に関し、権限を有する者の判断(判定)が必要なのであり、原告らの主張はこの点に基本的な誤りがある。確かに、原告ら主張のとおり馬の到達順位は決勝審判委員が自由に選択できるものではない。決勝審判委員は、右規則一条の三の定める客観的基準により(即ち現実に決勝線に到達した先後によって)到達順位の判定をなすべきは当然だからである。規程一〇一条二項が写真を判定の参考とすることを定めているのもこのためである。しかし、このことは、馬の到達順位が現実に決勝線に到達した馬の先後によって客観的に決定されるということを意味するものではない。決勝審判委員が判定に際していかなる基準によるべきかという問題と、誰が到達順位を決めるかという問題とは別であって、これは一般にスポーツ競技においてルールと審判の果たす役割を考えれば明白であろう。馬の到達順位は決勝審判委員の判定によって決まる。それは判定のもつ効果であって、判定が客観的基準に適合するものであるかどうかとは直接関係がない。万一、判定が客観的基準に適合していないとしても(それは極めて稀な、いわば病理的事象であるが)、それによって判定の効果が左右されるものではない。

(2) 原告らは、前記一2(二)(2)で、仮に規程一〇九条が決勝審判委員の誤った判定に従って着順が確定されることもあるという趣旨と解される余地があるとしても、それは被告において到達順位の判定及び着順の確定の作業を法が予定している程度の十分な注意義務を尽くして行ってもなお現実の到達順位と判定の結果とが異なっていた場合に限られるべきであると主張するが、右主張は以下のとおり理由がない。

まず原告らは「法が予定している程度の十分な注意義務を尽くして行ってもなお現実の到達順位と判定の結果とが異なっていた場合」というが、凡そ誤判定は何らかの注意の欠如から生じるもので、十分な注意義務を尽くしてもなお生ずる誤判定というようなものは観念的にすぎ、原告ら主張のような場合は現実にはあり得ない。したがって、原告らの右主張はそれ自体意味をもちえない。

これを暫く措くとしても、権限を有する決勝審判委員による判定である以上、それが客観的基準に適合しているか否かは判定の効果に関係をもたないのと同様の理により、不注意の内容やその程度もまた判定の効果に関係がないというべきである。即ち、本件競走においても、被告の決勝審判委員及び裁決委員が注意義務を尽くしていれば誤判定を防ぎ得たかどうかによって、決勝審判委員がなした第一着ムーンダツアー、第二着グレートパスカルという到達順位の判定とこれに基づく裁決委員による着順の確定は何ら左右されるものではない。なお、原告らの主張中には、裁決委員が決勝審判委員のなした到達順位の判定に疑問や異議を差し挟み得るかのような主張もあるが、後記3(二)のように裁決委員はそのような職責は有しないし、実際上も決勝審判委員の判定に疑問を差し挟むことはできない。

(3) 以上述べたことは、勝馬投票制度において、馬の到達順位の判定とこれに続く着順の確定が手続上迅速かつ確定的に行われることが絶対的に必要であり、確定した着順の変更は認められないことからも明らかである。即ち、

規程が到達順位の判定(一〇一条)とそれに続く着順の確定(一〇八条、一〇九条、一一四条、一一六条、一五〇条)を規定しているのは、それによって勝馬投票の的中払戻を行うためであるが、勝馬投票は不特定多数の者によって行われ、競走終了後極めて短時間のうちに着順の確定による的中払戻が行われる(本件競走においては午前一一時一五分に競走がスタートし、着順確定と共に払戻が六分後の一一時二一分に開始されており、これは通常の例でもある。)。そして、一度的中払戻が開始されれば,不特定多数の的中者に払戻金の交付が行われるから、後刻誤りが判明したとしても、確定した着順を変更して、交付した払戻金を取戻して改めて的中者に払戻をすることは不可能となるのである。決勝審判委員が公表した到達順位の訂正(規程一〇四条)や馬の失格の決定(同一〇八条)について着順確定前に限ってできるとしているのも馬の到達順位の判定と着順の確定を迅速かつ確定的に行なうためであり、このことは、決勝審判委員の判定が客観的基準に適合するものであるかどうか、あるいは注意義務違反の程度如何とは関係なく必要とされるのである。もし、勝馬決定方法について原告ら主張のように解するとすれば、競馬のいかなる競走においても決勝審判委員の判定が客観的基準に適合するものであるかどうか、及び注意義務違反の程度を事後的に裁判所が判断しなければ勝馬が決まらないことになり、着順の確定ということが何ら意味をなさなくなるばかりでなく、勝馬投票制度そのものが成り立たなくなってしまうのである。原告らはその主張の根拠として誤審により本来払戻を受けるべき的中者が不当な不利益を被ることを指摘するが、それは他の民事上の責任追及によって救済されうる余地があることは格別、そのことによって勝馬投票制度の根幹をなす決勝審判委員の馬の到達順位の判定及び裁決委員の勝馬の確定の効力を覆さないのが賭けを伴う競馬のルールなのである。

3  請求原因3について

(一) 請求原因3(一)のうち、被告と勝馬投票券購入者間の法律関係を契約とみることが妥当でないことは、前記1(三)のとおりである。したがって、被告が誤審をした場合の勝馬投票券購入者に対する責任についても、一般不法行為責任はともかく、契約関係を前提とする債務不履行責任は成立する余地はないというべきである。

(二) 請求原因3(二)ないし(四)のうち、本件競走において、被告の決勝審判委員が馬の到達順位の判定にあたって、第二着の馬と第三着の馬を取り違えて、現実の到達順位と異なり、第二着をグレートパスカル、第三着をロングヘンリーと判定するという誤審を犯した事実は認める。被告の決勝審判委員は、規程一〇一条二項に定めるとおり写真を参考として本件競走の馬の到達順位の判定を行ったが、この判定に際してなすべき注意を怠った過失により、馬の到達順位について誤審をしたものである。

但し、被告の過失の内容についての原告の主張のうち、次の部分は争う。即ち、原告らは、本件競走において、被告の決勝審判委員にはポジ化されて引き伸ばした写真を参考にして到達順位を判定すべきであったのにこれをしなかった重大な義務違反があると主張する。しかし、本件競走において被告の決勝審判委員は、被告の執務要領に従って、ネガフィルムを特殊テレビカメラの映像拡大装置にかけて、ポジの状態に反転させた画像を見て判定したのである。したがって、決勝審判委員がネガの状態の映像を参考にしたことを前提とする原告らの右主張は理由がない。なお、規程一〇一条二項に定める「写真」にはネガフィルムも含まれるというべきである。

また、原告らは、本件競走のような場合においては被告の裁決委員も到達順位に異議を差し挟まなかった点に過失があると主張するが、規程によると、被告の裁決委員は、規程に定める失格事由の有無の審査(一〇八条)や異議申立があった場合の裁決(一一六条)を行い、失格となった馬を除き馬の着順は決勝審判委員の判定により着順の確定を行う権限を有するのみである(前記一〇九条、一五〇条)。したがって、いかなる場合であっても、馬の到達順位の判定は決勝審判委員の専権事項であって、裁決委員が決勝審判委員のなした到達順位の判定に異議や疑問を差し挟む権限あるいは職責を有しないばかりでなく、また実際問題としても、馬の決勝線への到達を視認しているわけでもないので異議や疑問を差し挟むことはできないのであり、原告らの右主張は理由がない。

(三) 請求原因3(五)のうち、被告が前記誤審に基づき本件競走の連勝複式勝馬投票法における的中連勝番号を<4>-<5>と発表したところ、右発表直後右誤審に気がついたにもかかわらず、その旨を本件競走終了後三時間以上経過した当日午後二時四〇分まで発表しなかった事実、及び、当日被告が<5>-<5>の勝馬投票券の所持者には払戻金相当額を支払うという特別措置をとった事実は認めるが、その余は争う。

(四) 請求原因3(六)は争う。

4  請求原因4について

請求原因4の事実は否認する。

被告は、本件競走当日の昭和六一年五月三一日午後二時四〇分、本件競走の判定が誤審であったことを発表するとともに、連勝複式勝馬投票法における<5>-<5>の勝馬投票券を所持する者に対しては、これが的中番号であった場合の払戻金相当額を支払うことを発表し、翌六月一日には、五月三一日午後二時四〇分までに<4>-<5>の勝馬投票券として払戻済みのユニット馬券に含まれている<5>-<5>の勝馬投票券一一〇枚については、購入者からの申告で所有者と立証できた場合には<5>-<5>の勝馬投票券が的中していた場合の払戻金相当額を払戻す旨発表した。しかし、被告は、当初から一貫して勝馬投票券を所持していなければ払戻はできないとの考えに基づき、右<5>-<5>の勝馬投票券の所持者のみを対象とする右特別措置を講じたのであり、右<4>-<5>の勝馬投票券として払戻済みのユニット馬券に含まれている<5>-<5>の勝馬投票券についても、被告のもとに券が存在していたが、それを一旦購入者に戻したうえで当該勝馬投票券所持者に対し、券と引換えに払戻に応じたのである。そして、被告は券が全く存在しない<5>-<5>の勝馬投票券については、券が存在しない以上、たとえ当該勝馬投票券を購入したと称する者が購入場所、内容、時間等を被告に申し出ても払戻はできない旨明言している。したがって、被告が、右勝馬投票券を紛失した者についてもその者が右勝馬投票券を購入したことを立証すれば払戻金相当額を支払う旨の意思表示をしたことはない。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1(各請求共通の請求原因事実)について

1  請求原因1(一)の事実のうち、被告が競馬法等の法規に基づき中央競馬を開催している者である事実については当事者間に争いがなく、原告豆谷が森紙販売株式会社大阪支店に勤務する会社員である事実については原告豆谷本人尋問の結果によってこれを認めることができ、また、原告古永がコーエイ商事の名称で縫製品生地の販売等をしていた者である事実については原告古永本人尋問の結果によってこれを認めることができる。

2  請求原因1(二)の事実については当事者間に争いがない。

3(一)  請求原因1(三)のうち、原告らがそれぞれ、本件競走について、その主張にかかる勝馬投票券の組合せのユニット馬券を購入したかについて判断する。

本件証拠中、右事実についての直接証拠は原告らの各本人尋問における供述のみである。そこで、右各供述が措信できるかどうかを他の証拠との関係で検討することとする。

(1) まず、原告豆谷の供述の要旨は次のとおりである。即ち、

原告豆谷は、当日午前一一時ころ、本件発売所三階北側寄りの券売機において、本件競走について、<5>-<6>金五〇〇〇円、<1>-<3>金三〇〇〇円、<6>-<7>金三〇〇〇円、<5>-<6>金三〇〇〇円、<5>-<5>金二〇〇〇円の各連勝複式勝馬投票券の組合せから成るユニット馬券を購入した。原告豆谷は右購入前に、本件発売所三階で待合わせをしていた勤務先会社の同僚谷本徹と会ったが、右購入後本件競走前に谷本と互いにどのような勝馬投票券を購入したかは話さなかった。その後、原告豆谷は谷本と共に、本件発売所のテレビモニターで本件競走を見たところ、馬の到達順位は一着が<5>ムーンダツアー、二着が<5>ロングヘンリーであると認識したので、自分が購入した<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券が的中したと思った。そして、原告豆谷は、谷本に右ユニット馬券を見せたうえ、自分が購入した<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券が的中した旨を告げたところ、谷本も<5>-<5>が的中したと思っていたので「よかったな、やったな。」などと原告豆谷に言った。ところが、本件競走終了の約二分後、被告によって本件競走の馬の到達順位が<4>-<5>と発表されたため、原告豆谷と谷本は、「残念やな。」、「おかしいな。」などと会話をかわし、その後、食事をするために本件投票所近くの食堂に行ったが、食事中も「(本件競走が)惜しかったな、納得いかん。」などと話していた。そして、原告豆谷は右食事後の当日午後零時三〇分ころ、右ユニット馬券を破って本件発売所二階の床上に捨てた。ところが、その後、原告豆谷は知人の経営する喫茶店で本件競走についての右<4>-<5>の発表が誤審に基づくものであり、被告が<5>-<5>の勝馬投票券を購入した者にも払戻しをする旨の話を聞いたので、当日午後三時三〇分ころ再び本件発売所に行き、満尾久ら被告の係員に対して<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を含む前記ユニット馬券を購入したことを申告し、原告豆谷の住所、氏名、電話番号、連絡先、右ユニット馬券の連勝複式番号と購入金額、購入時刻及び購入窓口を紙に記載して、被告の係員に手渡した。その紙が甲第一一号証である。

次に、原告古永の供述の要旨は次のとおりである。即ち、

原告古永は、当日午前一〇時二〇分ころから二五分ころの間、本件発売所二階か三階の窓口で、本件競走について、<1>-<5>、<1>-<7>、<5>-<7>、<5>-<5>それぞれ金一万円の連勝複式勝馬投票券の組合せから成るユニット馬券を購入した。原告古永は、右本件競走(第四レース)についてのユニット馬券を購入した際、同じ窓口で本件競走前の第三レースについても、<1>-<5>、<3>-<5>、<5>-<5>、<5>-<6>、<5>-<7>、<5>-<8>それぞれ一万円の連勝複式勝馬投票券の組合せをユニット馬券二枚に分けて購入し、また、その直後、本件発売所近くのプッシュホン式電話で、電話投票の形式により、同じ第三レースについて<1>-<5>、<3>-<5>、<5>-<5>、<5>-<6>、<5>-<7>、<5>-<8>、<5>-<5>それぞれ一万円の連勝複式勝馬投票券を購入した。原告古永は、右各勝馬投票券購入後、すぐに勤務先会社に行ったため本件競走をテレビモニター等で見ることはしなかったが、当日正午ころ本件発売所に戻り掲示されている本件競走及びその前の第三レースの結果を見た。その際、原告古永は、本件競走の到着順位が連勝番号で一着<5>、二着<4>、三着<5>と発表されていたので、もし自分の購入した<5>-<5>が的中していたらどれくらい払戻金があったかを考えた。それから、原告古永は、食事をした後、再度本件発売所で本件競走の結果について確認したうえ、当日午後一時過ぎころ、右三枚の長方形のユニット馬券を重ねて、長辺に平行に折り目がつくような折り方で四つ折りにして、本件発売所地下一階にあるごみ箱に捨てた。ところが、原告古永は、当日午後二時四〇分ころ本件発売所で、本件競走の右結果が誤審に基づくもので、<5>-<5>の勝馬投票券についても払戻しする旨の被告の発表を聞いたので、地下一階のごみ箱の所に行き、捨てた本件競走についての右ユニット馬券を探したが、見付からなかった。その後、原告古永は、<5>-<5>の勝馬投票券を捨てた者も被告に申告しているということを聞いたため、当日午後四時二〇分ころ、本件発売所内の被告の事務所へ行き、そこで満尾久ら被告の係員に対して本件競走について<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を含む前記ユニット馬券及び第三レースについての前記ユニット馬券を購入したことを申立て、勤務先、氏名、電話番号、右各ユニット馬券の連勝複式番号と購入金額、購入時刻と購入場所を申告して、被告の係員に紙に記載してもらった。この紙が甲第一二号証である。

なお、原告ら各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告豆谷と原告古永は本件競走前には互いに面識がなかったものと認めることができる。

(2) <証拠>を総合すると、当日、本件発売所において、本件競走について、原告豆谷が購入したと供述するものと同じ連勝複式勝馬投票券の組合せで、かつ同じ投票順序のユニット馬券一枚(投票順に<5>-<6>金五〇〇〇円、<1>-<3>金三〇〇〇円、<6>-<7>金三〇〇〇円、<6>-<6>金三〇〇〇円、<5>-<5>金二〇〇〇円)が発売された事実が認められる。なお、被告は右ユニット馬券の発売時刻及び発売窓口が原告豆谷の供述と食い違うという主張立証をしていない。また、弁論の全趣旨によると右ユニット馬券は、現在に至るまで払戻しがなされていない事実が認められる。

<証拠>を総合すると、当日、本件発売所において、前記第三レース及び本件競走について、それぞれ原告古永が購入したと供述するものと同じ連勝複式勝馬投票券の組合せで、かつ同じ投票順序のユニット馬券(第三レースについて投票順に<1>-<5>、<3>-<5>、<5>-<5>、<5>-<6>、<5>-<7>各金一万円のユニット馬券と<5>-<8>一万円のユニット馬券の合計二枚、本件競走について投票順に<1>-<5>、<1>-<7>、<5>-<7>、<5>-<5>各金一万円のユニット馬券一枚)が引き続いて同じ窓口で発売された事実が認められる。なお、被告は右各ユニット馬券の発売時刻及び発売窓口が原告古永の供述と食い違うという主張立証をしていないが、右甲第一六号証に弁論の全趣旨を総合するとこれらの発売時刻が当日午前一〇時三〇分ころであると認められる。また、<証拠>を総合すると、原告古永が、当日右第三レースについて電話投票の形式で購入したと供述するものと同じ連勝複式勝馬投票券の組合せの電話投票が、現実になされている事実が認められ、また、原告古永本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、電話投票をしようとする者は被告の登録を受け代金を前払いする必要がある事実が認められるところ、被告はこれが原告古永の電話投票によるものであることを争っていないので、原告古永が、その供述のとおり電話投票をした事実が認められる。

(3) <証拠>を総合すると、原告豆谷は、本件競走についての誤審が判明した後の当日午後三時三〇分ころから四時ころの間に、本件発売所で、満尾ら被告の係員に対して<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を含むユニット馬券(同原告の前記供述のとおりの組合せ及び順序のもの)を購入したことを申告し、住所、氏名、電話番号、連絡先、原告豆谷主張のとおりの組合せの連勝複式番号と購入金額、購入時刻と場所を紙(甲第一一号証)に記載し、被告の係員に手渡した事実が認められる。即ち、この点に関する原告豆谷の前記供述は、証人満尾の証言及び右甲第一一号証によって裏付けられている。

<証拠>を総合すると、原告古永は、本件競走についての誤審が判明した後の当日午後四時二〇分ころ、本件発売所で、満尾ら被告の係員に対して<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を含むユニット馬券(同原告の前記供述のとおりの組合せ及び順序のもの)を購入したことを申し立て、勤務先、氏名、電話番号、原告古永主張のとおりの組合せの第三レースと本件競走との連勝複式番号と購入金額、購入時刻と場所を申告して、係員にこれらを紙(甲第一二号証)に記載してもらった事実が認められる。即ち、この点に関する原告古永の前記供述は、証人満尾の証言及び右甲第一二号証によって裏付けられている。

ところで、<証拠>を総合すると、本件競走は当日午前一一時一五分に発走し、同一六分に終了し、同一八分に到達順位の発表があり、同二一分にその順位が確定した事実、及び当日午後二時四〇分ころ、被告によって、本件競走において誤審があり、現実の到達順位に基づけば的中していた<5>-<5>の勝馬投票券を所持する者にも払戻金を支払う旨発表があった事実がそれぞれ認められる。したがって、原告らはいずれも本件競走の到達順位が確定した時刻の、原告豆谷においては四時間余り後、原告古永においては約五時間後に、被告の係員に対して、実際に発売されたユニット馬券の内容を正確に申告したことになる。

(4) ところで、前記2認定のように、本件競走は、一四頭の馬が出走し連勝番号は八枠あり、ユニット馬券は一度に五種類までの連勝複式勝馬投票券の組合せが可能である(証人佐藤武良の証言によってこれを認める。)から、その連勝複式番号から五種類以下のものを選択して組み合わせ、それらの連勝複式番号にそれぞれ購入金額を組み合わせて成るユニット馬券の種類は極めて多数である(因みに、仮に異なる種類の連勝複式番号を組み合わせ、購入金額を一〇〇〇円から二万円まで一〇〇〇円毎に二〇種類に限るとしても、八九七八億八七四五万七〇八〇通りの組合せがあり得る。)。したがって、単に偶然の一致によって実際に発売されたユニット馬券の種類を正確に言い当てることは極めて困難である。なお、被告の従業員その他関係者は実際に発売されたユニット馬券の内容を知り得る立場にあるといえるが、弁論の全趣旨によると原告らはこのような立場にないことが認められる。

そこで、原告らが実際に発売されたユニット馬券の種類を正確に申告することができた理由について見るに、原告豆谷が被告の係員に対して申告した前記ユニット馬券の内容は連勝番号及び購入金額自体に確たる規則性はないので、これが偶然の一致によるものではないことが明らかであり、原告豆谷は、当該ユニット馬券を購入したか、他の者が購入した当該ユニット馬券の内容を見聞した(その交付を受けた場合を含む。)ものと認められる。また、原告古永が被告の係員に対して申告した本件競走にかかる前記ユニット馬券の内容は、原告古永本人尋問の結果にも表れているように、<1>、<5>、<7>のいわゆる三角買い(これらの連勝番号を二組ずつ組み合わせる投票方法)に<5>-<5>のいわゆるぞろめを組み合わせたもので、その連勝番号及び購入金額(総て一万円ずつ)にある程度の規則性があり、勝馬投票をしばしばする者ならば思いつき易い内容であるとはいえる。しかし、原告古永は本件競走に係る右ユニット馬券の直前に同じ券売機から発売された第三レースに係るユニット馬券の内容についても併せて正確に申告しており、これも単に偶然の一致ではないと認められ、原告古永も原告豆谷と同様に、当該各ユニット馬券を購入したか、他の者が購入した当該ユニット馬券の内容を見聞したものと認められる。

また、前記のように原告らが被告の係員に申告した内容のユニット馬券は、本件競走後その着順が確定した段階では的中番号を含まないいわゆるはずれ馬券であった。ところで、証人佐藤の証言によると、本件競走が確定した後、本件競走について誤審があったことを知っていた者は、被告従業員の一部と、午後零時三〇分ころ被告が記者会見をしたことによってこれを知ったマスコミ関係者、及びこれらの者から右誤審を聞いた者に限られ、それ以外の一般の者(原告らを含む)については、被告が午後二時四〇分ころに本件競走について誤審があり、<5>-<5>の勝馬投票券についても特例措置による払戻を行なうと発表したことで、初めて右誤審の事実を知ったものと認められる。したがって、右一般の者は、本件競走確定後午後二時四〇分ころまでの約三時間二〇分の間、<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券が財産的価値を有するものであることを認識する可能性はなかったと認められる。換言すると、右発表時以降は、原告らを含む一般の者も、<5>-<5>の勝馬投票券を含む右ユニット馬券が財産的価値を有することを認識することが可能となり、その内容に特別の関心を持ってメモしたり、或いは正確に記憶しておく利益が生じたといえる。更に、<証拠>を総合すると、当日の阪神競馬場における中央競馬では午後二時四〇分までに合計九競走、一〇三頭の馬が出走していた事実が認められる。

そうすると、本件競走において、午後二時四〇分以降に<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券の内容を正確に被告の係員に申告できる者は、その時点で当該ユニット馬券を所持していた者、その時点で他者が所持しているユニット馬券の内容を見聞した者(所持者から交付を受けたものを含む。)、又は現実に当該ユニット馬券を購入したが投棄等により所持していない者に限られるというべきである。けだし、まず、右発表時に<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券を所持していた者は、その時点から当該馬券が財産的価値を有することを認識できたのであるから、当該馬券を呈示しなくとも、その内容を記憶することにより申告することは可能であり、その利益もある。また、これは右所持者から当該馬券の内容を見聞した者も同様である。なお、ここに一枚の馬券に基づく重複した申告の可能性が生じる。次に、右発表時に<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券を所持していなかったとすれば、当該馬券は本件競走確定後、右誤審発表までの三時間以上の間、一般人には財産的には無価値なものと認識されていたのであり、また右のように当日本件競走以外にも多くの競走が行なわれたのであるから、他者の購入したユニット馬券の内容を記憶しておく特段の必要性も利益もなく、ひいてはその可能性も少なく、ただその購入者のみが、購入前に投票方法を考慮したことや現実に当該ユニット馬券を購入、所持し、僅差ではずれ馬券となったことなどに基づいて、その内容をよく記憶することができたものと解される。

以上を前提に、更に原告ら各自について検討する。

(5) 原告豆谷について

前期認定のとおり、原告豆谷は、当日午後三時三〇分から四時ころの間に、被告の係員に対して、現実に発売されていたユニット馬券の内容を正確に申告している。また、右ユニット馬券は現在に至るまで払戻しがなされていない。そうすると、前記(4)記載の正確な申告が可能な場合のうち、前記誤審発表時に他者が現実に発売された右ユニット馬券を所持しており、それを原告豆谷が見聞したという可能性や、右発表時に原告豆谷が右ユニット馬券を所持していたという可能性は極めて小さいといわなければならない。けだし、これらの場合には、現実に発売された右ユニット馬券は右他者又は原告豆谷或いは同人らと意を通じた第三者によって既に払い戻されていることが経験則上通常であるのに、未だ払戻しがなされていないからである。また、これは原告豆谷が購入したユニット馬券を破って捨てた旨の同原告の供述とも矛盾しない。

加えて、証人谷本徹の証言によると、同証人は原告豆谷の勤務先の同僚であるが、当日本件発売所で、本件競走終了後原告豆谷が<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を含むユニット馬券を所持しているのを見た旨供述しており、その供述内容は、その他の部分も含めて、原告豆谷の前記(1)の供述とほぼ一致していることが認められる。そして、証人谷本の右証言は、特に不自然、不合理なところは見受けられず、同証人の実際の体験を供述するものと認められる。

更に、本件においては、原告豆谷の供述が措信できないとする特段の証拠及び事実は認められない。

そうすると、原告豆谷本人尋問における同原告の前記(1)の供述は、前記認定の事実及び証拠によって十分に裏付けられているというべきであり、また、それ自体特に不自然、不合理なところは見受けられず、その現実の体験を供述したものと認められ、これを措信することができる。

したがって、原告豆谷がその主張のとおり本件競走について<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券を購入したが、これがはずれ馬券として破棄した事実を認めることができる。

(6) 原告古永について

前記認定のとおり、原告古永は、当日午後四時二〇分ころ、被告の係員に対して、本件競走及びそれに先立つ第三レースについていずれも現実に発売されたユニット馬券の内容を正確に申告している。しかも、それらは同じ券売機から引き続いて発売されたものである。これらの事実は原告古永本人尋問の結果における前記(1)の供述の信ぴょう性を高めるものといえる。そして、原告古永の右供述は、具体的かつ詳細で、その供述内容の正確性からみても、実際の体験に基づくものであることが窺われる。また、前記のように原告古永が第三レースについて電話投票をした事実についてはその供述どおり認定でき、これも原告古永の供述の信用性を裏付けるものといえる。

ところが、原告古永の供述については、これと矛盾するのではないかという疑いを生ぜしめる証拠が存在するので更に検討する。<証拠>を総合すると、前記甲第一三号証の二及び甲第一六号証の発券記録(前者は写)により現実に発売されたことが認められる本件競走についてのユニット馬券(原告古永の供述と合致する組合せのもの)は既に払戻された事実が認められる。また、弁論の全趣旨によると本件競走について本件発売所においては右と同じ組合せのユニット馬券は他に発売されていない事実が認められる。なお、その払戻は、弁論の全趣旨によると、当日午後三時三〇分ころ本件発売所五階の勝馬投票券発売窓口で行なわれたと認められる。そして、原告古永は前記(1)のように、同原告は右第三レース及び本件競走について購入した三枚のユニット馬券を重ねて、長辺と平行に折り目がつくような折り方で四つ折りにして本件発売所地下一階にあるごみ箱に捨てたと供述しているところ、右払い戻されたユニット馬券(検乙第一号証の一ないし三)には長辺と平行からやや斜め寄りに薄く二つ折りないし三つ折りにしたような線状の跡がみられるが、これについては原告古永本人もその折り目の形状が自分がつけた折り目とは違うような気がする旨述べている。また、原告古永の前記(1)の供述が真実であれば、右ユニット馬券の払戻は、原告古永がごみ箱に捨てたユニット馬券を拾った者によってなされたと考えられるが、この場合、その者が右馬券を拾ったのは、前記誤審発表後の当日午後二時四〇分ころ以降といえる。ところが、本件発売所で右誤審と特別措置による払戻金相当額の払戻しが発表された後、ごみ箱で<5>-<5>の勝馬投票券を捜して拾い集める者がいたかどうかについては、原告古永は、そのような者がいたと聞いていると供述し、証人満尾はそのような事態はなかったと供述している。更に、原告古永は右ユニット馬券を当日午後一時過ぎころ捨てたと供述しているが、同原告は、午後一時から午後二時の間に一度ごみ箱のごみを回収すると聞いたとも供述している。そうすると原告古永の供述は、右払戻されたユニット馬券の存在と矛盾するようにもみえる。特に、これらのことから、前記(4)の正確な申告が可能な場合のうち、誤審発表後、他の者が所持していた当該ユニット馬券の内容を見聞した可能性、ひいては、他の者と意を通じるか或いは自ら二度申告することにより二重に払戻金を得る目的を有していたという可能性が生じる。

しかし、原告古永の供述自体、購入したユニット馬券を本件発売所地下一階のごみ箱に捨てた際の折り目については、三枚のユニット馬券をどのような順番で重ねて、またどの程度の強さで折り曲げたかはっきりと覚えていないというものであるから、同馬券の折り目の復旧力をも併せ考慮すると必ずしも原告古永の供述と前記払戻にかかるユニット馬券の折り目の形状とが矛盾するとまではいえず、また、当日本件発売所地下一階のごみの回収がいつ、いかなる態様でなされ、そのごみがどのように処理されたかについては本件証拠上は必ずしも明らかでなく、更にたとえ、右のとおり当該馬券がごみと共に回収されたとしても、その後に当該馬券について払戻金相当額が支払われることが判明して回収されたごみの中から当該馬券が見付け出され払戻されたということもありうるところである。

なお、原告古永は、その本人尋問において、前記乙第一号証(前記払戻にかかるユニット馬券)を示されて、本件訴訟提起前に、右払戻の事実を知っていたならばおそらく本件訴訟を提起していなかった旨の供述をしていることからみても、原告古永が右ユニット馬券について二重に申告したものとは認められない。

したがって、他に特段の事情の認められない本件においては、原告古永の供述自体の前記信用性の高さに鑑み、前記認定の原告古永が購入したと供述するユニット馬券が既に払い戻されている事実は、原告古永の供述について合理的な疑いを差し挟ませるものとまでは認められず、結局、原告古永の供述によって、同原告がその主張のとおり本件競走について<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券を購入したが、これがはずれ馬券として投棄した事実を認めることができるものといわなければならない。

(二)  以上のように、原告らはいずれも、被告が開催した中央競馬のうち本件競走について<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を購入したものである。ところで、競馬法所定の勝馬投票制度における勝馬投票券購入による原告らと被告間の法律関係については、原告らは請求原因1(三)記載の内容の契約であると主張し、これに対して被告はこれを争う(前記事実二1(三))ので、この点について検討する。

被告は、勝馬投票制度における勝馬投票券の発売、勝馬の決定方法、勝馬投票法の実施方法及び払戻金の交付方法等については総て競馬関係諸法令により画一的に定められているので、右法律関係を契約とみることは相当でないと主張する。しかし、競馬法所定の勝馬投票制度においては、被告が行う競馬につき、広く公衆が勝馬投票をすることが認められており、勝馬投票をしようとする者は、法令及びその委任を受けた被告の規約の定めるところに従って勝馬投票券を購入しなければならないが、これは勝馬投票が不特定多数の者によってなされ、その性質上、多量の投票と的中者に対する払戻金の交付等が迅速かつ定型的画一的に処理されることが要請されるためである。そして、勝馬投票制度においては、勝馬投票をしようとする者が、その意思に従い、被告に対して勝馬投票券の購入を申込み、被告は法令及び被告の規約の定めるところに従ってこれを承諾すれば、当該勝馬投票券購入者により勝馬投票がなされ、被告は勝馬的中者に対し一定の払戻金を支払うという法律関係が成立したといえるのであるから、その内容が法令及び被告の規約によって定型的画一的に定められているとしても、これを勝馬投票券購入者と被告間の契約とみることの妨げとはならず、この点に関する被告の主張は採用の限りでない。

したがって、原告ら主張のように、原告らがそれぞれ本件競走について、請求原因1(三)記載のユニット馬券を被告から購入したことによって、原告ら各自と被告との間に、被告は原告らの購入した勝馬投票券により勝馬が的中した場合には、原告らに対して一定の払戻金を交付する義務を負うに至ったものというべきである。なお、右契約における義務の内容については更に後記三において判断する。

4  請求原因1(四)、(五)の事実については、当事者間に争いがない。

5  請求原因1(六)について判断するに、原告らがいずれも、当日本件競走が誤審であったことを知った後、本件発売所において被告の係員に対して、原告ら各自が本件競走について購入したユニット馬券の内容等を申告した事実については、前記3(一)(3)認定のとおり認めることができる。なお、これによって原告らが被告に対して払戻金あるいは払戻金相当額を支払うよう催告したことになるかは後に判断する。

二  請求原因2(主位的請求の請求原因)について

1  前記一4認定のとおり、本件競走においては、<5>ムーンダツアーが最初に決勝線に到達し、次に<5>ロングヘンリーが決勝線に到達し、その次に<4>グレートパスカルが決勝線に到達したが、被告の決勝審判委員は、第一着を<5>ムーンダツアー、第二着を<4>グレートパスカル、第三着を<5>ロングヘンリーと誤って判定したため、被告は本件競走の連勝複式勝馬投票法による的中番号を<4>-<5>と発表してしまった。また、証人佐藤の証言によると、本件競走において、被告の決勝審判委員は馬の到達順位を右のように現実の到達順位とは異なった判定をし、これに続いて被告の裁決委員が決勝審判委員の右判定に従って到達順位を確定し、被告は、その旨の順位の確定を発表した事実が認められる。

ところで、原告らは、本件競走の連勝複式勝馬投票法における勝馬は、現実の到達順位に基づき<5>ムーンダツアーと<5>ロングヘンリーであるから、的中投票券は<5>-<5>であり、原告らは被告に対してそれぞれの勝馬投票の的中者として払戻金請求権を有すると主張する。これに対して、被告は、本件競走の連勝複式勝馬投票法における勝馬は、被告の決勝審判委員による判定及び裁決委員による着順の確定に基づき<5>ムーンダツアーと<4>グレートパスカルと決定したのであるから、的中投票券は<4>-<5>であり、原告らは被告に対して払戻金請求権を有しないと主張する。そこで、競馬における勝馬決定方法について判断する。なお、以下の規程の条項及び勝馬決定の過程に関する事実は、<証拠>によってこれを認める。

2  競馬法六条は勝馬投票法について規定し、勝馬決定の方法について同条の委任を受けた規則は、一条の二第四項で「連勝複式勝馬投票法においては、第一着及び第二着となった馬を一組としたものを勝馬とする。」と定め、一条の三第一項で「競走においては、競馬会の規約の定めるところにより失格とすべき馬を除き、最初に決勝線に到達した馬を第一着とし、その他の馬についてはその馬より前に決勝線に到達した馬の頭数に一を加えたものをもってその馬の着順とする。」と定めている。更に、規則を受けた規程は一〇一条一項で「到達順位は、馬の鼻端が決勝線に到達した順位により、決勝審判委員が判定する。」、同条二項で「決勝審判委員は、本会の定めた写真機により撮影した写真を、前項の到達順位の判定の参考とするものとする。ただし、到達順位の判定が容易な場合であって、決勝審判委員が写真を参考とする必要がないと認めたときは、この限りでない。」、一〇九条で「競走において、前条の規定により失格となった馬を除き、第一〇一条の規定により決勝審判委員が最初に決勝線に到達したと判定した馬を第一着とし、その他の馬については決勝審判委員がその馬より前に決勝線に到達したと判定した馬の頭数に一を加えたものをもってその馬の着順として確定する。」と定めている。

以上の規定によると、馬の到達順位の基準は、馬の鼻端が決勝線に到達した順位によるものであることは明らかである。ところが、右のように馬の鼻端が決勝線に到達した順位については、自動的に確定されるものではなく、権限を有する者の判定によらなければ確定することが不可能である。そこで、規程一〇一条一項が、馬の鼻端が決勝線に到達した順位を認識して到達順位を判定する権限を決勝審判委員に与えているものと解するのが相当である。即ち、馬の到達順位は決勝審判委員が判定するところに従い決定され、その判定の客観的基準が馬の鼻端が決勝線に到達した順位とされているのである。決勝審判委員の判定が右客観的基準に適合すべきものであることはいうまでもないところであり、これを担保するために、決勝審判委員を三名配置し、右決勝審判委員を補助するための補助員を配置したうえ、規程一〇一条二項が決勝審判委員が判定に当たって写真を参考とすることを定めているものと解される。しかし、決勝審判委員の判定が右客観的基準たる現実の到達順位に適合しない場合であっても、右法令及び規程上、決勝審判委員のみが右客観的基準を認識して判定をする権限を有するのであるから、この場合も決勝審判委員の判定に従って到達順位が決定されるものと解するのが相当である。そして、裁決委員が規程一五〇条の定める権限に基づき、規程一〇九条に従い、決勝審判委員の右判定に従って馬の着順を確定するのであって、決勝審判委員の右判定が右客観的基準に適合していなかったからといって、その着順の確定の効果に何ら影響を及ぼすものではないと解されるのである。したがって、これに反する原告らの右主張は採用の限りでない。

また、原告らは、規程一〇九条が、決勝審判委員の客観的基準に適合しない判定に従って着順が確定される余地があるとしても、それは決勝審判委員及び裁決委員が到達順位の判定及び着順の確定を法が予定している程度の十分な注意義務を尽くして行ってもなお現実の到達順位と判定の結果とが異なっていた場合に限られると主張する。しかし、前記のように、到達順位の判定に当たって、現実の到達順位を認識判定する権限を有する者は決勝審判委員のみであり、その判定の効力は、決勝審判委員が十分な注意義務を尽くして判定をしたかどうかによって左右されないと解するのが相当である。けだし、右法令及び規程上、右注意義務の内容や程度を認識把握する手段については何ら定められておらず、いかなる場合に決勝審判委員の判定の効力が失われるのかを明らかにすることは不可能であり、また、勝馬投票制度における勝馬決定並びに的中払戻の趣旨及び機能、運用に鑑み、決勝審判委員の判定に当たっての注意義務違反の如何によって、右判定の効果が左右されるとすることは妥当なものとは解されないからである。決勝審判委員の判定が客観的基準に適合しなかったことにより、勝馬投票をした者が不利益を被ったとしても、それは別途他の民事上の責任追求によって救済する余地があれば十分である。また、裁決委員については、右法令及び規程上、失格の有無を判定した(規程一〇八条)うえ、決勝審判委員の判定に従って着順を確定する権限を有するものであって、現実の到達順位と判定が適合しているかどうかの判断をする権限及び職責を有するものとは解されないので、右判断における注意義務違反の如何が問題となることもないといわざるを得ない。したがって、この点に関する原告らの右主張も採用の限りでない。

3  以上によると、本件競走の連勝複式勝馬投票法における勝馬は、被告の決勝審判委員による判定及び裁決委員による着順の確定に基づき、競馬法六条及び規則第一条の二第四項により、<5>ムーンダツアーと<4>グレートパスカルであるから、的中投票券は<4>-<5>であると認められる。したがって、原告らは被告に対して勝馬投票の的中者としての払戻金請求権を有するものとは認められず、結局、原告らの主位的請求は理由がないものといわなければならない。

三  請求原因3(第一次予備的請求の請求原因)について

1  前記一3(一)、(二)のように、原告らはいずれも、被告が開催した中央競馬のうち本件競走について<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を購入することによって、被告との間で、本件競走における連勝複式勝馬投票法において、<5>-<5>の勝馬投票券により勝馬が的中した場合には、被告が原告らに対して一定の払戻金を交付する旨の契約を締結した。原告らは、第一次予備的請求において、被告が右契約における義務に違反したので右払戻金相当の損害を受けたとして、債務不履行に基づく損害賠償請求をするので、この点について判断する。

2  まず、被告が勝馬を決定するに当たってとるべき注意義務について判断する。

被告は、競馬法、競馬法施行令、規則、規程等の関係法規の定めるところによって、勝馬投票券を発売して競馬を行なう者であるから、競走において勝馬を決定するに当たっても右関係法規に従うべきことはいうまでもない。そして、勝馬投票券の購入者と被告間の私法上の契約においてもA被告は、勝馬投票券購入者に対して、競走において右関係法規の定めるところに従い勝馬を決定する義務を負うというべきである。ところで、前記二2のように、右関係法規上、勝馬を決定する過程においては、被告の決勝審判委員によって馬の到達順位の判定がなされることとされている。したがって、被告の決勝審判委員は被告の履行補助者として、勝馬投票券購入者に対して、右関係法規に従って馬の到達順位の判定をなすべき義務を負うというべきである。そして、前記二2のように、右関係法規上、馬の到達順位は馬の鼻端が決勝線に到達した順位を基準とするものとされており、被告の決勝審判委員は、右基準に従って馬の到達順位を判定しなければならない。そうすると、被告の決勝審判委員は、勝馬投票券購入者に対する私法上の義務としても、右基準に従って馬の到達順位を判定する義務を負うものといわなければならない。

これを本件についてみるに、前記一4認定(当事者間に争いがない事実)のように、本件競走の結果、<5>ムーンダツアーが最初に決勝線に到達し、次に<5>ロングヘンリーが決勝線に到達したにもかかわらず、被告の決勝審判委員(<証拠>により、加藤幸治、井村勝昭及び石井清隆の三名と認められる。)は第一着を<5>ムーンダツアー、第二着を<4>グレートパスカルと誤って判定した。この場合、右基準に従うと、被告の決勝審判委員は第二着をロングヘンリーと判定すべきであったから、本件競走における被告の決勝審判委員の右判定は、右基準に従って馬の到達順を判定する義務に違反する行為である。

そして、原告らは、本件競走について<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券を購入していたのであるから、被告の決勝審判委員が右基準に従って馬の到達順位を判定していたならば、被告との間の前記内容の契約に基づき、所定の払戻金の交付を受けられたはずであるのに、被告の決勝審判委員の右義務違反行為によって、前記二2のように払戻金請求権を失ったものと解される。そうすると、被告が右決勝審判委員の義務違反行為に過失がなかったことを主張立証しない限り、被告は、履行補助者の義務違反行為により、原告らの受けられた所定の払戻金相当額の損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。

そして、本件において、被告は、被告の決勝審判委員の右義務違反行為に過失があったこと自体は争わない(事実二3(二))から、被告は右賠償責任を免れないものといわなければならない。但し、被告も右過失の内容につき一部争っているので、決勝審判委員の右義務違反における過失の内容について付言する。

<証拠>によると、本件競走における決勝審判委員による到達順位の判定について、次の事実が認められる。即ち、本件競走は第一着から第三着までの三頭の馬が決勝線に頭又は首の着差で到達した僅差の競走であった。三人の決勝審判委員は各自本件競走の結果を視認して馬番を執務ノートに記載したが、三人とも第一着から順に七番、六番、八番というものであり、これは、順に、ムーンダツアー、グレートパスカル、ロングヘンリーを表すものであった。そして、決勝審判委員は判定用拡大装置によって映像モニターに拡大映写されたフォートチャート(連続写真)の白黒ネガフィルムを見て、第一着の馬番が七番であることは確認できたが、第二着及び第三着の馬の馬番は確認できなかったので、騎手の服色を見たところ第三着の馬の騎手の服色が袖に二本線があるものであることを確認し、ロングヘンリーの騎手の服色が袖に二本線があるものと登録されていたので、第三着の馬はロングヘンリーで間違いないと判断し、到達順位を右執務ノート記載のとおり判定した。決勝審判委員は、右判定時、グレートパスカルの騎手の服色も袖に二本線があるものであり、騎手の服色だけではロングヘンリーとグレートパスカルの見分けはつかないものであることを意識していなかった。また、ロングヘンリーとグレートパスカルとの識別方法としては、ロングヘンリーは覆面をかぶっているがグレートパスカルは覆面をかぶっていないこと、及び、ロングヘンリーの騎手の帽子の色は第一着のムーンダツアーのそれと同じ黄色であるがグレートパスカルの騎手の帽子の色は青色であることが挙げられ、これらは本件競走前に登録されている。そして、被告の決勝審判業務執務要領で、決勝審判委員は競走前に馬の馬番、帽色及び服色等を確認して各馬の特徴(覆面、鼻白、毛色、特殊馬具の使用等)を記しておくべきこととされている。なお、決勝審判委員の写真判定は、従来前記のように判定用拡大装置によって映像モニターに拡大映写されたフォートチャートのネガフィルムを確認することによって行われていた。

以上の認定事実によると、被告の決勝審判委員は、本件競走の到達順位を判定するに当たって、第二着の馬と第三着の馬の騎手の服色は同じであるが、帽色及び覆面の有無は異なるということが競走前に登録されていたのであるから、これらを写真判定前に識別の基準として参考にすべきであるのに、これをせず、三人の視認による判定が一致したことからその判定をほとんど疑わず、客観的には識別の基準とはならなかった騎手の服色のみを見て、第二着をグレートパスカル、第三着をロングヘンリーと誤って判定した過失があるというべきである。なお、原告らは、決勝審判委員は写真判定に当たって、ネガフィルムではなく、ポジ(陽画)であって拡大鏡を用いなくても肉眼で像が細部まで正確に感得することができる程度の大きさのものを参照すべきであったと主張するが、前記規程一〇一条二項も到達順位の判定に原則として写真を参考にすべきことを定めているのみであり、その具体的内容については定めておらず、また、前記各証拠から、白黒ネガフィルムであっても判定用拡大装置によって拡大映写すれば、経験を積んでいる決勝審判委員は、慎重に写真を確認することによって、到達順位を正確に判定できたものと認められるから、右原告ら主張のようなポジの参照義務までは認められないというべきである。

なお、更に原告らは、請求原因3(四)において、勝馬決定における被告の裁決委員の義務違反行為についても主張しているが、前記二2認定のように、裁決委員には関係法規上、現実の到達順位と決勝審判委員の判定とが適合しているかどうかの判断をする権限及び職責を有するものとは解されず、また事実、証人佐藤の証言により、決勝審判委員が競馬を見る位置が決勝線の延長線上であるのに対して裁決委員が競馬を見る位置は決勝線の延長線上よりも右に位置している事実が認められ、裁決委員は決勝審判委員に比べて到達順位を正確に確認できるものとはいえないのであるから、裁決委員が確定前に決勝審判委員の判定した到達順位について異議を申し立てるとか再確認を求める等の義務を負うものとは解されず、この点に関する原告らの主張は採用の限りでない。

3  次に、被告が誤審を認識した後にとるべき義務について判断する。

証人佐藤の証言に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。即ち、当日、被告理事佐藤武良は、本件競走を含む阪神競馬場の中央競馬開催委員長として、各委員を指揮統括し、また紛争が生じた場合の処理をする業務に当たっていた。本件競走については、午前一一時一八分に、決勝審判委員の判定に基づき到達順位(第一着<5>ムーンダツアー、第二着<4>グレートパスカル、第三着<5>ロングヘンリー)が発表され、同時二一分、裁決委員により右のとおり到達順位が確定したが、その後同時三〇分ころ、裁決委員から、佐藤のもとに、右判定が誤審であり、現実の到達順位は第二着が<5>ロングヘンリー、第三着が<4>グレートパスカルであったという報告があった。その後、佐藤は、被告内部及び監督官庁である農林水産省との間で現実の到達順位によると的中していた<5>-<5>の連勝複式勝馬投票券の購入者に対する対応や、警備体制等を協議したうえ、右連勝複式勝馬投票券を所持する者に対して、特別措置として所定の払戻金相当額の金銭を支払うことに決定して、当日午後二時四〇分ころ、阪神競馬場及び場外勝馬投票券発売所でその旨発表した。なお、当日被告が右連勝複式勝馬投票券を所持する者に対して払戻金相当額の金銭を支払うという特別措置をとった事実については当事者間に争いがない。

ところで、競馬においては、一般に、勝馬投票券の購入者が、当該勝馬投票券によって勝馬が的中しなかったことが明らかになった場合には、当該勝馬投票券をいわゆるはずれ馬券としてすぐに投棄してしまう傾向にあることは経験則上容易に認められるところであり、事実、原告らはいずれも購入した右ユニット馬券をはずれ馬券として投破棄したことは後記認定のとおりである。また、<証拠>によると、本件競争において、発売された<5>-<5>の勝馬投票券のうち約三割の購入者が現在に至るまで右払戻金相当額の支払いを受けていないことが認められるが、これは、本件競走における右誤審及び右特別措置が新聞等により広く報道された(<証拠>によって右事実を認める)ことからすると、これらの購入者が当該勝馬投票券を既に投棄してしまっていたことによるものといえる。そうすると、被告の理事で本件競走の開催委員長である佐藤は、右のように誤審が判明したときには、直ちに、阪神競馬場及び場外勝馬投票券発売所において一般客に対し右誤審があったことを発表し、<5>-<5>の勝馬投票券を投棄しないように呼びかけるなど適切な措置を講ずべきであったといわざるを得ない。

蓋し、被告に勝馬の決定権限が付与され、被告の誤審によって勝馬の決定が誤ったときにも、勝馬の決定自体は変更されるべきではないと解される以上は、実際の勝馬の投票券購入者は、本件のごとき特別措置により、又は民事上の責任追及により別途救済の途が与えられるべきものであり、被告もこの点は争っていないところである。そうすると、いずれの場合においても、真実の勝馬投票券購入者が正当に救済されるために被告は誤審判明後は直ちに勝馬の決定に誤審のあったこと、及び同勝馬投票券を投棄しないように発表・指示するなどの適切な措置を講ずべきであり、同義務は誤審を犯した被告の信義則上の、更に前記契約上の義務として容易に肯認しうるところである。

ところで、本件においては、前記認定のように、佐藤は、<5>-<5>の勝馬投票券購入者に対する対応を決定したり、警備体制を整えたりするために、右発表を当日午後二時四〇分までしなかったものであるが、当該勝馬投票券についての対応は右発表指示等の後に検討すべきであり、また、当該勝馬投票券を投棄する者が増えれば、それだけ混乱・更に騒擾事態の起こる可能性も増加するというべきであるから、警備体制を整えることは、誤審の発表に優先するものとはいえない。そうすると、本件においては、被告の履行補助者としての佐藤は、直ちに誤審を発表し当該勝馬投票券を投棄しないよう指示する義務を怠ったものというべきである。

ところで、前期一3(一)認定事実に原告豆谷本人尋問の結果を総合すると、原告豆谷は当日午後零時三〇分ころ、購入していた<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券を、的中しなかったものと考えたため投棄した事実が認められ、また、前記一3(一)認定事実に原告古永本人尋問の結果を総合すると、原告古永は当日午後一時過ぎころ、購入していた<5>-<5>の勝馬投票券を含むユニット馬券を、的中しなかったものと考えたため投棄した事実が認められる。そうすると、原告らは、右各ユニット馬券を所持していたならば、被告の勝馬決定の誤審により被った損害につき、被告の講じた前記特別措置による払戻金相当額の金銭の支払いを受けることができたところ、佐藤が、誤審判明(午前一一時三〇分ころ)後直ちに誤審事実を発表しなかったために、右各ユニット馬券を投棄し、右金銭の支払いをも受けることができなかったものといわざるをえない。

4  以上のとおり、被告は、原告らとの前記契約による債務不履行責任として、被告の決勝審判委員の義務違反及び被告の理事で本件競走の開催委員長であった佐藤の義務違反に基づき、これらの義務違反といずれも因果関係を有する、原告らの所定の払戻金相当額の損害を賠償する義務を負うものというべきである。そして、前記一4認定(当事者間に争いがない事実)のように、本件競走の連勝複式勝馬投票法において<5>-<5>が的中投票券であった場合の払戻金は、投票券金一〇〇円につき金二万三四三〇円であり、また、前記一3認定のように、原告豆谷は<5>-<5>の勝馬投票券金二〇〇〇円を購入し、原告古永は<5>-<5>の勝馬投票券金一万円を購入したのであるから、原告らの右損害額は、原告豆谷において金四六万八六〇〇円、原告古永において金二三四万三〇〇〇円であると認められる。

5  前記一5認定のように、原告らはいずれも当日、誤審を知った後、本件発売所において被告の係員に対して、原告ら各自が購入した右ユニット馬券の内容等を申告した事実が認められるが、これは原告ら各本人尋問の結果及び証人満尾の証言によると、原告らが被告の係員に対して、誤審がなかったか若しくは当該勝馬投票券を所持していれば払戻金の交付を受けることができたことを理由に、当該勝馬投票券を所持しなくとも、その払戻金相当額を支払うよう請求した趣旨のものと認められるから、被告に対して債務不履行に基づく損害賠償義務の履行を催告したものと解される。したがって、原告らは、被告に対して、右4の債務不履行に基づく損害賠償請求権について右催告の日の翌日である昭和六一年六月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求しうるものと解される。

四  結論

以上によると、原告らの被告に対する主位的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、第一次予備的請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林一好 裁判官 光本正俊 裁判官 小澤一郎は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 小林一好)

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